願いが叶う物語

"本当の自分"を表現したい貴方へ。自由な生き方&ビジネス教えます。

「出す」ことで人は幸福を感じる。そして居場所をつくりだせる。

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かつて会社組織で働いてきた時、生き方を尊敬する人が一人だけいた。

私が、これまで目を背けていた自分自身・両親と向き合えるようになったきっかけとなった人だ。

 

彼自身、何かを悟ったような風ではなく、寧ろ私から見ても常に苦しんでいた。

しかし、彼には自らの出自にコンプレックス、自尊心の傷つきを抱えながらも、そのような自分と向き合い乗り越えていこうと強い意志があったように思う。

 一方で、当時の私は、絶え間なく襲ってくる不安/を、仕事の成果で埋めようと必死だった。生きたいのか?死にたいのか?わからないほど、とにかく急いでいた。

自分自身に目を背けながらとにかく走っていた。

 

だから、自分と向き合い続ける彼の姿に勇気をもらっていたのだ。

 

そんな彼とは仕事外で話すことも非常に多く、毎回様々な気づきを得ることができた。

印象の残っている話し多々あるが、最近ふとした瞬間に思い出すのが、

 

「出す事で」人は幸福を感じる

 

という言葉だ。

 

人は、様々なものを「出す」

ぱっと思いつくものを上げると、

 

大便・小便を排泄する

汗を出す

声を出す

涙を流す

 

などであろうか。上記は生理的欲求である「排泄欲」でくくれるかもしれない。

生物として生存していくための新陳代謝を促進するために、人は「出す」行為に"幸福"(快)を感じるように出来ているのであろう。

 

ここまでは、生物学としての話。その後、彼が言った言葉を、私は思い出す。

 

「でも、一番は自分自身を出すことが、自分を幸福にしていくことだと思うんだよね」

 

その時は「なるほどですね〜」などとあいづちを打ってそれまでだった。

 

でも今なら、少しだけ彼の言葉の意味がわかる気がする。

 

自分自身を出す。

好きなことを好きと言い、嫌いなことを嫌いという。やりたいことをやりたいと言い、やりたくないことをやりたくないと言う。

 

「出す」方法は何でもいい。

言葉に出す。

文章を書く。

絵を描く。

写真を撮る。

 

一人一人が、一番しっくりくる「出す」方法を考えればいい。

自分を出すことで、周囲の人・モノと関係性が生まれる。

自分が自分でいられる居場所の種が生まれる。そこから芽が出るものもあれば、芽がなでないまま無くなってしまうものも沢山あるだろう。種が無くなってしまう過程で自分が傷つくこともあるだろう。

 

でも、100個の種から一個の芽が出れば、それが自分の居場所になる。誰に用意されたものでもなく、誰に囲われた枠でもない。どんなに不確かでも、どんなに小さなものでも、自分が自分でいられる居場所だ。

 

結局、居場所は探しても見つからないものだと思う。この世界のどこかに、ぴったりの居場所が用意されている訳では決してないだ。私たちがすべきなのは、自分自身で種をまき続け、この世界のどこかで芽が出るのは祈ることだけだ。私は、居場所は、そうやって「つくる」ものだと思う。

 

私は、この「居場所をつくる」という行為について、非常に希望的観測をしているのだ。世界の人口70億人もいるんだから、諦めず自分を出し続けていれば絶対に芽は出る。

 

そんな大げさに考える必要はない。自分の感じていること・考えている事を、一日一個だけでも自分の「外へ」出してみることだ。

 

他人に伝えるのが恐いなら「日記」を書くのもいいだろう。その「日記」が貴方の"居場所"になるかもしれない。

 

友達がいるなら、友達に自分の好きなことを伝えてみたらどうだろう?その友達と好きなことを共有している場が貴方の"居場所"になるかもしれない。

 

私のように、ブログに書いて不特定多数に発信するのもいいだろう。偶然、ブログを見かけた誰かに伝わり、その"ブログ"が貴方の居場所になるかもしれない。

 

私は、自分自身の居場所をつくりたくて、このブログを通じて自分自身を出している。

そして、私がこのブログで「生きづらさ」「居場所のなさ」を発信し続けることで、もしかしたらこのブログが他の誰かの居場所になるかもしれないとも思っている。

 

...少し浮き足だってきてしまった。。

 

私は、人々の抱える「生きづらさ」は、自分が自分でいられる「居場所のなさ」に起因していると考えている。少し壮大すぎて、まだまだ手に負えないテーマだが、どうしても無視できないものとなってしまった。

 

だから、私は自分が抱える「生きづらさ」や「居場所のなさ」と向き合い続け、試行錯誤しながら克服していきたい。

そうやって、自分自身を救う過程で、同じような人たちの何か力になれたらこれ以上嬉しいことはないだろう。

 

自分自身を出し続けよう。居場所をつくりだそう。

 

大丈夫。何とかなる。