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望みを叶える物語

◆好きを仕事に、愛する人を愛しぬく◆幸せなライフスタイルをビジネスにする「あり方・やり方」伝えます。

流れ込む記憶〜映画製作との偶然の出会い〜

アニメ・映画・音楽


一周忌物語 trailers 監督 安達寛高(乙一)

 

何もないスケジュールに残らない時間。その意図的に作りだした「空白」には、自分でも思いもよらなかったものが流れ込んでくる。

 

今日は最近まで全く思い出す事もなかったある体験が、ふとフラッシュバックした。

 

 

冒頭の映画の予告編だが、私がスタッフとして携わった作品である。絶賛大ヒット中の「寄生獣」でも主演している染谷将太さんも出演している。

 

私がこの映画にスタッフとして携わったのは、6年前大学一年生の頃であった。私は、高校時代から毎週何かしら映画を見ておりそこそこの映画好きを自認していた。自分でも作品をつくりたいな〜とささやかな創作意欲をもとに大学の「映画研究部」に足を運んだ。

 

その部は、新入生歓迎会をやることもなく、どうやって入部したらいいかもわからなかった。そこで、とりあえず部室に向かったのである。部室の前まで来た私は、緊張の面持ちでドアをノックした。

 

しかし、中から全く返事がない。鍵もかかっているようだ。

 

途方に暮れた私は、とりあえず待ってみることにした。入学早々、別に予定がある訳でもない。ただただぼーっと待っていると、突然「映画研究部の人かな?」と声をかけられた。ふと、そちらの方を振り向くと、カンニング武山を40%ほどマイルドした中年の男性が立っていた。

 

「えっと部員ではないんですが、入部希望でここにいます。部員の方は、いないみたいなんですけど。」と私は答えた。

 

その男性は、納得したように頷いて「君、映画興味あるの?」と再び私に問いかけた。

 

内心、映画研究会入部を希望しているんだから、映画に興味があるのは自明だろ!と若干苛立ったのだが、「まぁ、あります」と端的に回答した。

 

 

「じゃ、映画のスタッフやってみない?結構有名な監督でね。」

 

 

この男性というのが、実はプロデューサーだったのだが、トントン拍子で話は進み、その翌週から4日間一日18時間の撮影にかり出されることになったのだ。

 

これが、想像以上に過酷な環境であった。私は照明のアシスタントに命じられたのだが、全くのド素人。にも関わらず、撮影初日から何のレクチャーもなく、照明の人にはひたすら怒鳴られ続ける。

 

「大学生は使えないんだよな。全く」とぼそっと呟かれて心が折れそうになったことは、強烈に覚えている。しかし、何か創る現場というのはそういうものなんだろう。役者の方、スタッフの方が、常に最高のモノを求め真剣に向き合うからこそ、人の心を動かせるものが出来る。

 

役者は5名ほどで、スタッフも10名弱の小規模な現場。そういう環境もあり、役者の方とも休憩の際にお話する機会もあった。染谷さんの学校の話に爆笑した記憶は、なんとなくあるのだが、どんな話だったか思い出すことができない。

その他話す内容自体は、そんな特別なものではなかったのだが、印象に残っている光景がある。

 

それは休憩終了から撮影に入るまでの1〜2分程度の役者の方の姿だ。

 

「役に入る」というのか、それぞれ思い思いの姿勢で集中しているようだった。彼らの回りの空気はどこか張り詰めていて、そこだけどこか別の空間から切り出されているように思えた。

 

多分、プロというのは"あの空間"にいる人のことなのであろう。

 

 

大学までなんとなくレールにのっかってきたあまちゃん大学生の私には、このような「創る」世界に戸惑うとともに、なんというか憧れのようなものを感じたのだった。

 

一日18時間撮影、平均睡眠時間2時間ほどの強行スケジュールは、終盤体力的に限界にきていたのだが、撮影がクランクアップした時の、開放感と一体感は格別のものがあった。撮影中、終始罵倒され続けた照明の方にも「よくやったと思う。」と声をかけて頂き、とても嬉しかったことを覚えている。

 

その後、映画撮影の感動を味わった私は、映画研究部にて自主映画の作品を・・・となるのが自然なのだが、実は、結局入部することもなかった。

理由は、結局あの現場の空気が強烈すぎて、部員の方と話しても何かピンとこず、他の大学生活もろもろに埋もれていったのだった。

 

この映画撮影の日々は、たった4日間の出来事だが、今でも鮮明に思い出せる。

 

確かに、あの体験が私の一部をつくっている。それが、今後どのような形で私の人生に活きてくるかはわからない。死ぬまで何ももたらさないかもしれない。

 

でも、結局私は私にしかなれないのだ。今までの歩いてきた道の中に、自分を満たすことができるレシピがあると信じたい。これまでの私の断片を拾い集めて、これからの道を切り拓いていきたい。

 

今後も「流れ込む記憶」を便りに、私の断片を拾い続けよう。

 

大丈夫。なんとかなる。