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望みを叶える物語

◆好きを仕事に、愛する人を愛しぬく◆幸せなライフスタイルをビジネスにする「あり方・やり方」伝えます。

向き合わざる負えない"クズさ"〜映画「苦役列車」を観て〜

アニメ・映画・音楽

『良い人間、悪い人間がいる訳ではない。「いい面」が出ているか、「悪い面」が出ているかの違いだ。』

 

私は、そう考えている。この世界、白黒はっきりつかないことばかり。グレーで混沌としている中で、日々なんとか生きている。ただ、そんな中でも一瞬一瞬を切り取ったら、果てしなく美しい刹那があったり、逆に目を瞑りたくなるような惨状があったり。

 

そんなものじゃないかと思っている。

 

"聖人"という人間がいる訳ではない。

"極悪人"という人間がいる訳ではない。

 

それらは、一種の症状みたいなもんで、様々な要素から状況的に現れているだけだ。

そんなことを考えている時に、妙に刺さった映画がある。

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『苦役列車』(2012年)

原作が芥川龍之介賞を受賞しており、森山未來の役者っぷりと相まって話題となった作品だ。

 

あらすじ

19歳の北町貫多は、日雇い労働で生計を立てている。貫多が幼少の折、彼の父親が性犯罪を犯したことで家庭は崩壊した。両親の離婚、数度の転校を繰り返すなかで鬱々とした青春時代を過ごす彼は将来への希望を失った。やがて中学校を卒業した彼は、母親からむしり取った金を手に家を飛び出し、港湾での荷役労働に従事することで一人暮らしを始める。日当の5500円は即座に酒代とソープランド代に消えていく。将来のために貯金するでもなく、月の家賃のため金を取り置くわけでもなく、部屋の追い立てを食らうことも一度や二度ではない。こうして貫多は、義務教育後の4年間を無為に過ごしていたのだった。

そんなある日、港湾の仕事現場にアルバイトの専門学校生・日下部正二が現れる。スポーツで鍛えた肉体と人懐っこい笑顔を持つ日下部に、貫多は好意を抱き始めるのだが…

 

溢れるほどの ”クズっぷり”

ここまで"クズ"な主人公がいるのか?というくらい非道い、北町貫多。普通なら、様々な困難や出来事を通じて、成長していくところだが、本作ではその期待は無惨に切り捨てられる。成長のない"ドラマ"・・・いや、そもそも"ドラマ"ではなく、観るもののクズさを凝縮して投影している、その点"リアル"である。

 

状況や性格に中々感情移入はできないかもしれないが、貫多の言動に節々にみられる、切なさは誰もがハッと息をのむと思う。

 

「卑屈さ」「諦め」を身にまとっていて、自分自身の全てを諦めたいけれど、諦められない。

 

自分のことなんて、自分自身では認められないから、せめて君は僕の事認めてよ。大切にしてよ。無視しないでよ。

 

気持ち悪い言動、神経質な言動、全てにわたって発せられているメッセージだ。

 

男にもかまってほしい。女にもうけとめてほしい。

他人に母性を求めて、求めて、求めて、そして勝手にふくれあがった期待がはじけた瞬間に大きく傷つく。もう人を信じないようにしよう、そう思った刹那、また人を求めるようになる。

 

誰もが持つ、人恋しさを丁寧にグロテスクに描き出している作品だ。

 

甘ったれるな。

大人になれ。

自立しろ。

 

確かに、日々"頑張っている"貴方は正論を吐きたくなるだろう。私も思った。森山未來自体に生理的嫌悪感を抱くくらいまで思った。

 

しかし、それだけではない何か大きな感情があったのだ。

 

助けてあげたい。

認めてあげたい。

大丈夫。と言ってあげたい。

 

それは、多分、私が私にかけたかった言葉だろう。

 

皆さんも、この映画を見終わった後に感じたものを、じっくり観察してみてほしい。

そして、いつもの"正論"に他にあった"何か"

 

それを、どうぞ自分自身に捧げて下さい。

 

 

大丈夫。何とかなる。