望みを叶える物語

◆人生の主人公として、感動をうみだす◆幸せなライフスタイルをビジネスにする生き方を伝えます。

人生は盛大な暇つぶしだ〜空白を埋める圧力〜

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日本社会で生きていると、お手軽にコミュニティに属す事のできる「枠」がそろっている。

 逆に、このお手軽な「枠」から外れてしまった時に、どうすればよいか?

私たちは誰からも教えられてこない。

 

私は、一般的な新卒での就職活動は行ったことはないので、その点多少ずれかかってはいた。とはいえ、常に「会社員」や「社長」などの肩書きは存在していた。

 

「枠」を外して、レールから降りたいにも関わらず、それにしがみついてしまう、矛盾する感情をずっと抱えていた。

 

そして、今年半ば押し出されるように、肩書きを捨てて何もなくなった時、大きな気づきがあったのだ。

 

私は何を欲するのか?そして何者になりたいのか?

今まで、私は「枠」によって、この大きすぎる問いから守られていた。

 

寝ても覚めても、この問いは私の眼前にせまってくる。

これまで、いかに有り体の肩書きやコミュニティという「枠」によって受け流していたのか気づかされた。

 

多分、私はこの問いと向き合うのが恐くて、ずっと「枠」にしがみついていたのだろう。自分のかわりに、自分自身の説明をおこなってほしいと、願っていたのだ。

 

いかに仕事にストイックに打ち込んで、いかに名声や名誉を獲得しようとも、この問いから逃げ続けているやつは、甘ったれだ。

 

有り余る時間を、闇雲に何かで埋め合わせ、埋め合わせたもので自分を説明しようとする。本末転倒だ。

 

私は何を欲するのか?そして何者になりたいのか?

 

この問いに終わりはない。解らしきものを自分で出したところで、後ろ盾してくれる他者も根拠も何もない。五里霧中、自分で決めていくしかない。

 

「これでいいのか?これでいいのだ」

 

暫定解をもとに、必要なものだけ自分の時間に放り込む。放り込むものが、目の前にないのなら耐えるしかない。

 

必要なものは、必要な時に、必要な量、目の前に現れるという。

 

決して手の届くものを闇雲に放り込んではいけない。空白を埋めようとしてはいけない。完成させようとしてはいけない。

 

常に未完成。常に変化する。常に進化する。

 

焦らない。慌てない。

 

そんな構えることはない。

 

人生は盛大な暇つぶしだ。

 

いらないもので暇をつぶすのか?

欲しいもので暇をつぶすのか?

 

ただ、それだけの違い。

どちらを選ぶのか?

 

自分で決めればいい。

自分で決めれるんだ。

 

大丈夫。何とかなる。