望みを叶える物語

◆人生の主人公として、感動をうみだす◆幸せなライフスタイルをビジネスにする生き方を伝えます。

『生きる手応え』〜熊野の生活を経て見えたもの〜

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久々のエントリー。

ここ数日、ゆるやかな生活とは裏腹に、内面では思考の雨荒らしが吹き荒れる日々であった。

 

 

熊野での自給自足生活

1月6日より、縁会って和歌山の「熊野」に訪れていた。かの「熊野古道」で有名な土地だ。

 

きっかけは、大学時代から、活動家として気になっていた友人が、奥さんとお子さんと3人で移住し、自給自足生活を営んでいると耳にしたことだ。

 

その友人の「いつでも遊びにおいでよ!」という好意に甘え、改めて「生」や「生活」や「人生」について捉え直す、よいきっかけとなればと思い、私は高速バスに飛び乗った。

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 気づいたら感じていた「手応え」

熊野の生活は、想像以上に平和であり、新鮮であり、「生」を感じた。

 

 

陽の光を浴び

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鍬を持ち

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畑を耕し

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収穫

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疲れたら犬と戯れ

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仕事のあとは、ビールを飲み

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料理をつくり、語り笑い合い

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排泄する。

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薪を採りに山に入り、

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薪をつくり

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薪でストーブに火をおこし

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あたたまりながら、家でくつろぎ

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気が済んだら眠る。

 

 

まさに、「生」に根ざした生活を体現していた。都会育ちの自分は、農作業の経験もほとんどなく、薪から火を起した経験すらなかった。だからこそ、こういった作業一つ一つが率直に新鮮であった。新たな生き方を発見した気分もあった。

 

しかし、だからといってこういった自然に根ざした生活を全て礼賛するつもりもないし、「これこそ自分が求めていた生き方だ!」と結論づけることは避けたい。そもそも、数日間滞在しただけの者が結論づけることのも、どこかおこがましい。

 

確かな「生きる手応え」

熊野に行く前の私は、正直「新たな生きる選択肢」を求めていた。自分自身が幸福になるための、「何か?」を探していたのだと思う。

その意味でいうと、今回の訪問成果としては、「?」だ。

 

しかし、そもそも「選択肢」は「幸福」において必須条件なのか?

 

私は熊野での日々において、確かな「生きる手応え」を得ていた。別に、何かをつくりあげた訳でもなければ、何かを成し遂げた訳でもない。

ただ、生きていた。日々、その「生」を、他人と分かち合っていた。

そして、ふと気づいた時、自分は十分に満ち足りていたのである。

名前をつけるとしたら、、、そう。それは「幸福」であった。

 

「生きているだけで幸せだ」とはこのことか?!と目から鱗が落ちた気分だ。

 

何かなければ、何かしなければ幸福になれないなんて嘘だ。

幸福を感じるために重要なのは、

 

今この瞬間の"生"に敏感になり、生きる手応えを感じること

 

この在り方ではないか?と思う。

そして、この在り方の先に湧き出てくる欲求を感じ取り、それに素直になっていくこと。実は、とってもシンプルなことなのかもしれない。

 

まだまだ、これはおぼろげながら掴んだ感覚だ。でも、ハートで感じた何かだ。

とりこぼさないように、観察したい。

そして、もっともっと体験し、五感で感じ続けたい。

 

感じること、それが全て。

私は、感じることを解放するために、思考し続ける。

こじらせた自意識をほぐしていくための一歩一歩。

 

大丈夫。何とかなる。