願いが叶う物語

"本当の自分"を表現したい貴方へ。自由な生き方&ビジネス教えます。

「ドクドク状態」はずっとは続かないよ。〜私が伝えたいこと、私が伝えたい人〜

最近は、心身ともに頗る好調だ。

これまで気づかなかった、自分の身体の声や、精神の声に敏感になったせいもあるだろう。自分が、自分の望まぬ方向へ向かおうとしている時、その声が聞こえる。その声に従っていればただよいのだ。信じてみることにした。

 

さて、このブログは、アクセス解析をみる限り、リピーターが70%ほどを占め、おそらく直接の知り合いがよく読んでくれているのだろうと思う。だからこそ、変に気を使わせることを書くのは憚られるのだが、今日伝えたい事を伝えるためにも書いておきたい。

 

 

「死にたい」「消えたい」と思った過去

私には、これまで2回心の底から「死にたい」と思ったことがある。

 

一度目は高校生の頃。

二度目は昨年の末頃。前職で最高の成果を上げた直後に、心身全てがバーストした頃。

 

とにかく、世界において自分の居場所がない感覚。

自分を明日に存続させるための「願望」が全く感じることができない感覚。

呼吸をすることすら、鈍い痛みを伴う感覚。

 

いわば、もし人間を生たらしめているライフポイントがあるとしたら、そのライフポイントが限りなく0になっていたんだろう。

 

ただ、あれは「自殺したい」とは又違ったんだと今は思う。

かといって、ガス抜きにそう思っていたかというと、それもまた違う。

もし、当時目の前に「3秒後絶対に死ぬ薬」があったら、服用していたと思う。

 

別に、そのタイミングで大きな出来事があった訳でもないし、精神病に認定されていた訳でもない。世間的にいえば「考え過ぎだろ?」「何甘えてんだ?」と言う人も多いはずだ。

 

今、当時をある程度俯瞰できる環境におり、当時の私がなぜそのような状態になっていたか?はよくわかる。

 

人生ドクドク状態

自分のことを信用できない<自己肯定感の欠落>

自分を信用できず、自分の描く欲求・願望も信用できない

それなら、欲求・願望なんてものを見なければいい

他人軸・環境軸で生きるようになる

不安・恐れ・恐怖による信念が強化され、自分の人生に対しての究極の無力感

いつ、どこで、自分が世界に殺されるんではないか?という不安と闘う綱渡りゲーム

どこにいても、誰といても、何もやっても、ライフポイントは加速度的に減り続ける

(※ポケモンでいうドクドク状態w)

ライフポイントほぼ0

もう終わりにしよう( ・ὢ・ )

 

 

見てみぬふりしながら、逃げ続けながらも、10数年自己探求を続けてきて、わかったことは結構シンプルだった。

でも、自分がこの「ドクドク状態」の渦中にいるうちには、決してわからない。

 

苦しくて、苦しくて、なにも糸口もつかめない感覚。

あの感覚は、二度と経験したくない。

 

私が伝えたいこと、私が伝えたい人

結局、自分は「自分を救うこと」を目的に生きてきた。

このブログだって、自分がその時々つかみけたモノを自分自身に伝えるために書いている。他人には、自分の表現がつたなかったり、他もろもろの問題で全然響かない人もいると思う。

 

でも、自分にとっては絶対に確信をもって伝えることができることを書いている。絶対にだ。

 

だから、今日も伝えたい。

 

「あなたは、自分を愛し、自分の本音の願望に忠実に、幸福に満ち足りた人生を送ることができる。そして、自分から溢れた愛を他人に与えることできる。絶対に。」

 

「あなたには、この世に生まれた瞬間から、幸福に満ち足りて、求めるものを手に入れる資格がある。そして、そのために必要なものは全て揃っている。絶対に。」

 

「あなたが今、自分の価値を信じれなくても、何も希望が見えなくても、人生がどうにもならない感覚があっても、絶対大丈夫だから。絶対に。」

 

「あなは、今はちょっと"ずれている"だけ。その"ずれ"を修正し、本来の姿に戻すだけ。その方法は、明確にある。絶対大丈夫だから。絶対に。」


「あなたの周りに、『死にたい』『生きていてもいいことなんてない』『希望がない』『絶望しかない』『居場所がない』『生きづらい』とかとか、 苦しんで苦しんでいる友人がいたら、絶対に大丈夫!って言ってあげて。絶対に。」

 


絶対絶対くどいが、私は確信している。

 

その理由は、また別に書こうと思う。

 

まぁ、本質的に理由はあろうがなかろうかが関係ないんだけどね。

 

大丈夫。絶対に何とかなる。