願いが叶う物語

純粋で、透明な、自然【Natural Being】へ還る。

15時13分、打席の中で「永遠」を感じた私。

どうも。風呂ノマドです。

 

風呂(フロ)ノマド

 

この圧倒的自由感。欠落感。不適合感がたまらず、ブログのタイトルまで変更してしまう始末。

本ブログの過去記事を読み返すに、少々胃もたれが過ぎる仕上がりとなっていたため、これからはライトでポップでアバンギャルドな記事を書けたらなという所存。

 

 

そこで、タイトルの件。

就活生とか、人生迷っている人たちには、こういいたい。

 

打席に立て。そして、白球と向き合え。

 

これが、25歳住所確定ほぼ無職からのアドバイス。

 

もうね。人生これだけでいいんでないか?と。

私は無類の野球好きでして、もう1999年あたりのプロ野球選手名鑑で、ご飯3杯くらいいけます。ルーキー・高橋由伸とかいう圧倒的世紀末感がたまらない訳ですよ。ええ。

 

もちろん、自分自身がプレーするのも大好きで、未だにバッティングセンターには足しげく通っています。

 

それで、この間も「植田バッティングセンター」に行ってきたんです。

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昔手の皮がすり切れるほどバットをふり続けたなつかしの場所。

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野球から学ぶことはほんとう多いです。もはや人生は野球だといっても過言ではありません。ということで、小説風に私の感じた何か?を共有できればなと。

 

ライトでポップでアバンギャルドな何か?を表現しました!

 

再興

2月某日 14:41

再び私はこの地に戻ってきた。置き忘れた手紙。遠き日の果たせぬ約束。友との別れ。

全ての因果が紡がれる場所。そこに私は戻ってきた。

 

キーボードをうつくらいしか能がなくなったこの両手。

悪質な食習慣によって、脂肪以上に削ぎ落とされた筋肉。

PCのブルーカラーに殺られて衰えた視力。

 

あの頃とは、何もかも変わってしまった。

俺にやれるのか?俺に打席にたつ資格はあるのか?

私は私に問いかける。それと同時に私は完全に理解している。

 

やるしかないのだ。

 

そう覚悟を決めた瞬間、12年連れ添ってきた相棒(2000年購入:中村紀洋モデル)がふっと笑ったような気がした。

 

始めようか。

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2月某日 14:47

それからは無我夢中であった。

平日の真っ昼間から、バッティングセンターで奮闘する25歳住所確定ほぼ無職。

そんな社会での立ち位置を振り払うかのように、バットをふり続けた、

 

どれだけサードゴロを打ち続けても、私は諦めなかった。

衰えた足腰が悲鳴をあげようとも、無視し続けた。ついてこれないものは捨てていく。その覚悟がもたらした狂気、狂喜。

 

もうよくやった、十分じゃないか?という内なる声もねじ伏せて、ただただ目の前の白球と対峙し続けた。

 

そして、白球と対峙すること100回超を迎えた頃、とうとうその時がやってきた。

 

2月某日 15:13

 

受付のしけた面したばあさん。

全品90円という破格の自販機。

雨風に当たり、色ふぁはげおちた安いベンチ。

25歳住所確定ほぼ無職以外に、誰もいない打席。

 

私は、確かにそこにいた。

そして、そこにいなくなった。

 

 

そこは、世界中でたった一人の世界。

私と白球だけの世界。

そして世界と私の境界線が希薄になり、解け合う世界。

過去も現在も未来もない。

あえて「何があるんだ?」と問うた先、そこにあったのは

 

「永遠(とわ)」であった。

 

私は幸福であった

200球超に及ぶ私の闘いは、「手の皮がベロンベロンになる」という事態をもって、終焉を迎えた。

 

私は、この闘いで何を得たのだろう?何を失ったのだろう?

 

そんなことを考えて、そしてその無意味さに気づいて笑ってしまった。

そんなことは、どうでもいい。

唯一、ただそこにあったのは

 

「永遠(とわ)」

 

今言えるのはそれだけだ。

この先、5年10年、もっともっと先に、今日この日に感じた「永遠」の意味がわかる日がくるんだろう。なぜか、確信していた。

 

それまでは、ただ生きよう。

どんなことがあっても、ただ生きてみよう。

そんなことを独りごちながら、私は打席から一歩踏み出した。

 

(終)

 

 

まぁ、こんなんでも大丈夫。何とかなる。

 

P/S バッティングセンター一緒に行きましょう。