願いが叶う物語

"本当の自分"を表現したい貴方へ。自由な生き方&ビジネス教えます。

世界はくり返し、落下している〜就活生に告ぐ「愛」〜

最近、「愛」「愛」「愛」などと本ブログやfacebookに書いているから、誤解されやすいのだが、私は自己犠牲の精神は全く持ち合わせていないし、人や思想に対しての好き嫌いも激しい。自分の存在を世界に証明したくてたまらない。

 

 

人間の自我の本質は「愛」であり、それは「全てを是」として認めることだ

 

 

例えば、自分が好きなものは好きだと言い、嫌いなものは嫌いという。

人が好きなものは「そうか、好きなんだ」と聞き、人の嫌いなものは「そうか、嫌いなんだ」と聞く。

 

「私はあなたが嫌いです。なぜなら、○○だからです。」

「私もあなたが嫌いです。なぜなら、○○だからです。」

「そうか、そうか」

 

これが「愛」だ。

 

 

紳士面した誰かが言う。 

「みんなと仲良くしましょう。」

「人の役に立つような人間になりましょう。」

 

私が、嫌いな言葉ベス10に入る言葉だ。この言葉によって、自分を殺している子供達がどれだけいるのか?

 

自分の気持ちを見て見ぬ振りをして抑圧するから、時として「恐れ」にのまれて悲惨な行動をとったりしてしまう。

 

自分の気持ちを見つめて、自分を解放した先にしか、自分の幸福、そして他者の幸福はない。

 ある学生の就活相談

最近、このブログをやってるせいか、相談事を頂くことが多い。このほぼ無職人間の有り余る時間を有意義に使ってくれるなら、これ幸いである。

 

先日は、就職活動を控える大学生と話をする機会があった。彼は、非常に勉強熱心な学生であり、私の与太話もノートにとるなどしていた。大学生当時の私に爪の赤を煎じて飲ませたいものだ。

 

まず、彼から、就職するにあたっての企業選びや、仕事選びについて、ざっくばらんに考えを聞いてみた。頭脳明晰なこともあり、非常に論理的に話してはいたのだが、その一言一言の裏側に「苦悩」や「恐怖」のようなものを感じ、私は落ち着かなかった。

 

彼の考えをまとめると、

 

・仕事は、自己実現の手段であり、人生の目的と仕事の目的を一致させていくことが必要だ。

・仕事は、社会に価値を提供するものであり、Give&Give&Giveしていくものだ。

・仕事は、自分を成長させる手段であり、常に毎日成長し続けないといけない。

・『今日、貴方が無駄に過ごした1日は、あの人が生きたいと願った1日です。』

 

彼の考え一つ一つに対して、どうこう言う気はない。むしろ、平成世代に生まれた人たちにとって、素直に同意できるものかと思う。

 

ただ、重要なのは、この考えのもとにある「動機」

 

なぜ自分はそう考えるのか?

 

という部分だ。

そして、彼には「考えを選ぶ」行為が圧倒的に欠落していた。

もはや、就活本・就活セミナー、イキりたがりの若手人事の洗脳の賜物である。

 

彼は、非常に真面目であるが故に、ドつぼにハマっている気がしてならなかった。

 

このままでは、いつしか彼は彼自身を殺してしまうだろう。

今の彼に必要なのは、知識でも、経験でも、スキルでもなくて、「自分の考えを自分で選ぶ決める」ことだと私は思った。

 

それさえできれば、彼は確実に自分の必要な知識・経験・スキルを習得していき、彼らしい生き方ができるはずだ。

 

その事をなんとか伝えたくて、ある経営者のブログを引用しながら、私は、こんな話をしてみた。完全なる主観的観測であるので、そこを割り引いて読んでほしい

 

世界は繰り返している

宇宙の「始まり」と「終わり」の度に、この世界は繰り返している。

(参考情報:宇宙の終焉 - Wikipedia

 

今まで、何千回、何万回も繰り返されてきた。

ある時は、ドラえもんもびっくりな文明社会が出来上がり、人生は限りなく不死を実現していたかもしれない。

またある時は、第5次宇宙大戦争なんてものが起きて、人類は絶滅してしまっていたかもしれない。

 

どんな人類の結末を迎えようと、宇宙の「終わり」がこれば、強制的に0リセットだ。

「繁栄」も「破滅」も、とてつもない時間の一点に過ぎない。ただの一点。

 

今から、私たちが生きていく世界も、過去の何千回何万回の宇宙の繰り返しの中で、既に在ったものだろう。

 

とてつもない時間でみれば、これからの未来だって、過去であり、その世界の繰り返しという大きな流れの中で、私たちは暮らしている。

 

世界は落下している

まさに言いえて妙。

(参考記事)


世界は落下している - sudoken Blog

「世界は、落下してるんだ」

 「本来あるべき方向に向かって、世界は凄い勢いで落下してるんだ」

「俺たちがやらなくたって誰かがやるぜ?だって、そもそも落下してるんだから」

 

世界は、この瞬間に落下し続けている。あるべき方向へ。

 

どんな方向かというと、二つの大きな力があわさった方向だろう。

 

愛:お互いを認め合い、伝え合い、共に繁栄を目指す方向

恐れ:お互いを否定しあい、無視し続け、権力で支配しあう方向

 

「愛」の先には、繁栄があり、「恐れ」の先には破滅がある。

 

抗いがたい大きな流れがあり、その方向に世界は落下している。

 

「自分しかできないこと、自分がやるべき使命」

そう思うのは、大いに結構だし個人的には素晴らしいことだと思うが、別に真実ではない。

 

ザッカーバークがいなくても、facebookのようなサービスはできたし、ジョブスじゃなくても、iPhoneのような革新的な商品は出てきたろうし、孫正義でなくても、ソフトバンクのような企業はつくれただろう。

 

とてつもない大きな時間の中で、多少の誤差、いや誤差とすら観測されないかもしれない。

 

私たち一人の「生」なんて、「世界」にとってはそんなもん。何かを残す必要はないし、自分だから残せた!なんて思い上がる必要はない。私たちの"意志"でどうこうなるなんてものではないんだ。

 

でも、強いて一点だけ"意志"を表明できるとしたら、

 

「落下していく世界の先っぽにいたいか?」

        or

「落下していく世界にのまれたいか?」

 

ここかと思う。どっちを選んでもいい。どちらを選ぶか?それだけだ。

 

 

やらなければいけないこと、しなければいけないこと、世界から期待されていること、そんなもん、君にはない。

 

まぁ、自分が愉快に生きる為にそう信じたいなら、そう信じるのも大いに結構。

でも、そう思わなければいけない必要なんて一切ない。

「世界」と「君」との関係性なんて一切ない。

 

自分は何を感じ、何を考え、何がしたいのか?

 

ただ、それだけだ。

 

一言しか伝えなかったアドバイス

「今は、誰とも会う必要がないし、新たな情報をとる必要もない、散歩しながら、自分と会話してみるといいと思うよ。」

 

この一言くらいしか、私が伝えることはできなかった。自分の境遇をたてにした、どストレートなポジショントーク。まぁ、それもそれでいいんだと思う。

 

これが彼に向けた私なりの「愛」だし、私の自我(エゴ)の大産物だ。

 

彼には、絶対焦らず一歩一歩進んでいってほしい。

 

大丈夫。絶対大丈夫。