願いが叶う物語

純粋で、透明な、自然【Natural Being】へ還る。

世界を知ること、新たな自分を知ること

春が3歩進んで2歩さがりつつある、今日この頃。

私は、そんな春の足音を聞いて、まるで自分みたいだな〜と感慨深めな表情をつくりそうになったりしている。

 

このブログも開設してから4ヶ月目に入った。私は、自らの内側からわき上がる「問い」に対して、必死で回答している。何度も何度も何度も同じ問いがグルグル回り回り続ける。

 

 

ある説によると、「なぜ?」「何?」などの問いを意識した瞬間に、人間の脳はその答えを求め始め「1秒間でA4 32枚分の情報」をくまなく検索するするらしい。

そう考えると、なんだ頭の中からでパラパラパラという音が聞こえるような気がするから、不思議なものだ。

 

ここ数ヶ月間、あらゆる問いについて考え続けてきた。

「幸せ」とは何か?

「美」とは何か?

「感情」とは何か?

「死」とは何か?

「働く」とは何か?

「資本主義」とは何か?

「貨幣」とは何か?

 「会話」とは何か?

「常識」とは何か?

「親」とは何か?

「子」とは何か?

「家族」とは何か?

「国」とは何か?

「性」とは何か?

・・・

 

本来、10代に考え始めるテーマであり、一生考え尽くしていくテーマだと思っている。人に寄っては、実利のないことだと言って笑うかもしれない。

 

でも、私は湧き上がる問いに答え続ける一瞬一瞬に、確かな「喜び」を感じるのだ。

 

例えば、「学問」という、この世界をあらゆる角度から解釈しようという「実験体系」を借りて、この混沌とした「世界」に「秩序」を見出していくこと。世界を知ることによって、世界をひろげていくこと。そして、そのひろがった世界の中に、「新たな自分を発見し、その存在を位置づけること。

理不尽に投げ込まれた世界に闘いを挑む、唯一の手段だと思うのだ。

 

実は、人間の本能にプログラミングされているのではないか?

「新たな世界を発見する喜び」「新たな自分を発見する喜び」を感じるように出来ているのもそのためだと思っている。

 

10万年前、アフリカ大陸で誕生したわたしたちの祖先は、ヨーロッパ、アジアへとただひたすら東を目指して移動していった。その移動は留まることを知らずに、氷期にベーリング海峡を渡り、食料となる動物を追って北米大陸へ進出した。そこは、まさに人跡未踏のフロンティアで大型動物が多く生息していた。でも、彼らがまだ止まることをせず、南へ南へ進み、とうとう南米大陸まで開拓したのだ。

 

いまとなっては、当時の人が何を考えて移動をしていたかはわからない。まぁ、食料を求めて〜とか、結果的にみれば諸説納得できるものはある。

 

でも、一番はじめに東へ一歩足を進めていった人は、そんなこと特に考えてなかったと思うのだ。

 

「なんとなく、知りたいじゃん。もっと」

 

みたいなテンションなんだったと思う。思いたい。希望だ。

その一歩一歩に文字通り「世界がひろがる」喜びを感じることができたんだと思う。

 

だから、その血を引く私もそんなテンションで、世界を知りたい。そして、新たな自分を知りたい。

 

新たな自然と出会い、新たな人に出会い、新たな物事に出会う。

 

直接出会うのか?本を通じて出会あうのか?音楽を通じて出会うのか?芸術を通じて出会うのか?

 

一瞬一瞬の「自分のあり方」次第で、全てはチャンスに変わる。

 

そして世界を知りたいなら、まずは自分を知ってもらおう。

常に、自分を開こう。表現しよう。

 

この世界はひろい。そして、自分自身もとてつもなくひろい。

まだまだまだ、これから。

 

大丈夫。大丈夫。