願いが叶う物語

純粋で、透明な、自然【Natural Being】へ還る。

【保存板】「幸福」と「成功」の無関係性〜いまここに幸福を感じること〜

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美しい夕焼けが見えるだけで、満更でもない人生だと思った。

 

夜の闇のながら、まだまだ静かにフェリーは進む。静かに考えることのできる非常に贅沢な時間。

 

 

 

このブログでは、クドいくらいに「幸福」「成功」やらのビッグワードについて言及している。考えなくてすむなら、考えなくてもいいと思う。「時間があるから、そんなことを考えるんだ。もっと経済的合理性のあることをしたらどうか?」と思われるかもしれない。

私も、以前はしばしばそう思っていた。だから、自分を仕事に忙殺したし、出来る限り時間当たりの生産性を追い求めた。

でも、結局無理だった。逃げれば逃げるほど、「幸福とはなんだ?」「成功とはなんだ?」のような尊大な問いが私を追い回してくるのだ。そして、逃げ続けて生きづらさが極まった果てに、観念したのだ。

 

私が私らしく生きるために、死ぬまで考え続けよう。

 

だから、私はどこまでも考え続ける。今日は、少し先にすすめるような気づきがあった。

 

人生の目的は?なんのための生きるのか?

あなたはどう答えるだろう?

「社会をよくするためです!」とシューカツ生的に笑うのか。

「答えなんてないよ」とニヒルに受け流すのか。

私は、こう答える。

 

「幸福であるためだ。」

 

選択の余地なく産み落とされた理不尽さを引き受けているのだから、それくらいは望むべきだ。

 

幸福とは?

あなたは、どう答えるだろう?

「毎日、笑って暮らすことです。」

「億万長者になることです。」

「五体満足、健康でいることです。」

・・・

千差万別の答えがあるだろう。しかし、多くの人は、「幸福とは?」という問いに対して、「幸福になるには?」という条件で答える。私は、本質を知りたい。私は、こう答える。

 

「世界と自分に愛をもって対峙した時に、発生する感覚だ」

愛とは、存在の肯定・礼賛であり、「有り難い」というあり方・態度だ。自分の味わう体験全て、関わる人全て、起こる出来事全てに、「是」と言い切る強さだ。そのようなあり方が体現できた時に、訪れる感覚=「幸福」だ。それは、例えば「喜び」のような感情をともなう。まぁ、難しく考えるとあれなので、病気になってから快方に向かう時に味わう「健康ってありがたいな」というアレと思ってもらえればいい。

 

 

成功とは?

あなたは、どう答えるだろう?

これは、多くの人が個人の夢であったり、目標を答えるのではないか。私はこう答える。

 

「夢・目標に向かい行動し実現することだ。」

 

行動というプロセスと、達成という成果の総体をさす。

 

なぜ、夢・目標の実現を目指すのか?

「夢をもつべきだ。目標を持つべきだ。そこに向かって一歩一歩進むことが、人生を充実させることができ、幸福になれる。だから、夢を持て、目標をもて!」・・・本当にそうなのだろうか?

「いまここに幸福を感じること」こそ人生の最大の醍醐味であり目的だと、私は考える。そして、幸福は、自らのあり方・態度で決まる。

では、夢・目標の実現を目指し達成すること(=「成功)」は「幸福」と、どんな関係があるのだろうか?

自意識こじらせ系人間の私は考えていた。そして、ある程度腑に落ちる解釈にいたった。

「幸福」と「成功」の無関係性

夢・目標をもち、実現を目指すことで、人は自分自身に「どうすれば、そこへたどり着けるか?」という問いを自らに投げかけ続けるようになる。そうすると「新たな世界と、新たな自分を知る」"習慣"が身につき、「存在」に気づき肯定するチャンスが多く訪れる。その結果、「幸福」を感じやすくなる。

つまり、夢・目標をもち、実現を目指すことは、「幸福」を感じやすくする一つの方法であり、「幸福」の条件では一切ない。

 



「いまここに幸福を感じること」に全精力を注ぎ込もう。夢・目標はもったっていいし、もたなくてもいい。夢・目標は達成したっていいし、達成しなくてもいい。全て自分で決めていけばいい。

 

大丈夫。大丈夫。

 

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