望みを叶える物語

◆人生の主人公として、感動をうみだす◆幸せなライフスタイルをビジネスにする生き方を伝えます。

【失敗・挫折の意義】「挫折」に気付けば、自分を取り戻せる。

私は失敗が嫌いだった。できれば、全ての分野においてスマートに成果を出して賞賛されたいと思っていた。とはいえ、それを自らに求める無謀さにも、やっと気付ける歳になり、「あ、これからも生きていけるな」という何か奇妙な安心感を抱いている。

 

失敗・挫折あっての人生。

どうしようもかっこ悪くあがいて行く先に、かっこよさを見出すことができるのだと私は思うのだ。

「失敗・挫折 せよ」というメッセージ

恥ずかしい話、私は自分を大した「挫折」をしたことがない人間だと思っていた。また、それと同時に「"挫折を経験していない自分」にコンプレックスを抱いていたのだ。

世の中的には、「若いうちに沢山の失敗・挫折をしろ!」というメッセージがとびかっている。数々の偉人の言葉を引用しながら、「挑戦しろ!挫折をしろ!成功しろ!」というような。

わたしは今までに一度も失敗をしたことがない。電球が光らないという発見を、今まで二万回したのだ(トーマス・エジソン) 

 

諸君は必ず失敗する。ずいぶん失敗する。成功があるかも知れませぬけれども、成功より失敗が多い。失敗に落胆しなさるな。失敗に打ち勝たなければならぬ。たびたび失敗すると、そこで大切な経験を得る。この経験によって、もって成功を期さなければならぬのである(大隈重信) 

 

私がやった仕事で本当に成功したものは、全体のわずか1%にすぎない。99%は失敗の連続であった。そして、その実を結んだ1%の成功が現在の私である(本田宗一郎) 

 

参考:

matome.naver.jp

 

それはもう素晴らしい言葉ばかりだし、実際そうなんだろう。

そう思えば思うほど、私の「挫折がない」というコンプレックスは肥大化していき鬱積していったのだ。でも...

 

本当に挫折したことがないのか?

ここ数ヶ月浮かんでは消えながらも、頭の片隅にあった問い。そして、明確な答えにいきあたった。それは、

 

本当は何回も挫折はしてきた。でも、挫折を挫折と認めず気付かないふりをしていたんだ。あの時だって、あの時だって、あの時だって。

 

高校時代にアメフト部を辞めたのもそうだ。

大学時代に数十人の人を巻き込んだイベント企画を途中で中止したのもそうだ。

自分で立ち上げた会社を潰したのもそうだ。

業界を変えよう!教育を変えよう!と意気込んで働いていた会社を辞めたのもそうだ

 

私は、挫折したと認めるのが恐かったんだ。いや、もっというと「「挫折してしまった自分に出会うこと」が恐かったんだ。

 

人を失望させ、自分の無能にうちひしがれ、そんな自分は生きていけないと思っていた。この世界に居場所はないと思っていた。

だから、自分に嘘をついた。「そもそも、そんなにしたいことじゃなかったんだ。そして、状況も悪かったんだ。もっとやりたいことがあるんだ。」と。とんだ嘘つき野郎だ。でも、中途半端に賢くなった私は、見事に私自身を欺き通した。そして、私の中の「will(こうしたい、こうなりたい)」を一つ一つ殺していった。やったのは、私だった。

 

「挫折」に気付けば、自分を取り戻せる。

私は、ちゃんと挫折していた。意志も足りず、能力も足りず、人に上手に頼ることもできず、完全なる失敗・敗北だった。マジでかっこ悪すぎて吐きそうだ。

でも、そんな自分でもその時々は一生懸命生きてきたはずだ。だから、もう一回進もう。過去の意味を理解することができたなら、これからの生き方次第で、そこに「意義」が宿る。

 

最低にみっともなくかっこわるい自分を抱えて地道に努力していく奴が、最高にかっこいい。

 

大丈夫。大丈夫。

 

 

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