願いが叶う物語

"本当の自分"を表現したい貴方へ。自由な生き方&ビジネス教えます。

【未知との遭遇】私は恐怖を避けたいと思いながら、恐怖の先を望んでいる。

私は変化が好きだ。別に大きな変化でなくてもいい。朝のコーヒーを昨日より少し濃いめに入れてみたり、駅まで続く道を少し変えてみたり、普段照れくさくて言えないようなことを言ってみたり、そんなのがいい。

変化した先に何が起こるか、どんな自分が見つかるか、そのことに密かに胸を踊らせるのだ。

実は、私はこの3〜4月にかけて、自分の人生に大きく関わる決断を3つも立て続けにすることになった。その内容については、また時期がきたら書こうと思う。とにかく、これから大きく変化せざる負えない状況になっているのだ。

 

恐怖との対峙

私がした3つの決断自体は、自分が絶対欲しい!と思うものを手に入れるためのものだし、これしかない!と確信して選んだ道だ。決断する時からワクワク感はとまらない。しかし、正直なところ、決断の前そして決断した後も、ふとした時に言いようもない「不安・恐怖」が襲ってくるようになった。

そして、その度私は、私の内側を見つめながら、そこで何が起きているのか?を観察し続けた。チキンハートここまで極まっているのか?と自分のことを少し蔑みながら。

それを続けること数日感、なんとなくその実体がわかってきたような気がする。結局、言葉にすることは簡単なのだが、「あ〜そういうことか。」と。

 

未知への不安・恐怖

人間は、生物の本能として、「未知を回避し、既知に接近する」という習性をもってるという。

遠い昔、私たちがマンモスとか追い回していた頃を想像してみるといいかもしれない。当時は、まだまだ私たちが知っている世界は狭くて、知らない生物や土地が沢山あった。毎日が生きるか?死ぬか?の連続だ。未知の生物に遭遇して、一瞬で殺される事態もままあっただろう。だから、私たちは未知のものから反射的に逃げることができるように「恐怖」という感情が発生するように仕組まれた。それは、生存・繁栄するための合理的なシステムだったわけだ。

巡り巡って現代。根本的なシステムは変わらない。変わったのは、未知の対象の実体が"捉えづらくなってきた"ということだ。例えば、「自分が選択した先の未来」だったり、「その時の自分」だったり。未知性が加速度的に高まっている。だから、私たちは、その実体の輪郭を明らかにするために、「それっぽい情報」をかき集めてしまう。

「自分には能力がないからできないかもしれない」「自分には金がないからできないかもしれない」「タイミングが悪いかもしれない」「一緒にやる人と相性が悪いかもしれない」

本当にそれっぽい。自分で自分を説得できるような材料だ。

 でも、本質はそんなところにはない。なぜなら結局、「未知だから恐い」の一言に尽きるからだ。

 

 

私は、未知を恐れている。それと同時に、未知を心から切望している。変わっていく世界と、変わっていく自分を望んでいる

 

 

未知性はどこまでも高まって行く。まだまだまだまだどこまでも。そして、高まれば高まるほど、私たちは本来どこまでも自由になっていく。遠い昔から、私たちはどこまでも未知を求めていた。

 

 

 

私たちは、自分が望もうが望まないでいようがイマココには留まれない。状況は流れ、未知と遭遇し、そして自分も変わって行く。不安や迷いや恐怖はいつ何時もそこにある。

 

 

ポジティブとかネガティブなんて、そんなのどうでもよくて、全てひきつれても、自分は自分を見捨てないで這って進むだけ。

 

大丈夫。

 

私は私の希望からは逃げられない。

 

大丈夫。大丈夫。

 

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