望みを叶える物語

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【就活・キャリア】別に自己実現目指すのが偉い人でもないし、そもそも君の言ってるの自己実現欲求じゃないよ。

 

人生に迷い続け、もはや迷うために生まれてきたと開き直っている私ですが、迷いは迷いをひきつけるのでしょうか?

最近は、友人や後輩からキャリア形成について色々と相談を受けることが多いです。(相談というなの愚痴かもしれません)

そうした相談の乗る中で、なんというか自分自身含めた若者へ戒めたいことがあったので、書き残したいと思います。

自己実現理論

マズローの「自己実現理論 - Wikipedia」はご存知でしょうか?

高校の現代社会や倫理の教科書でも出てくるポピュラーな概念なので、友人と話す際にも、この理論を引き合いに話を整理しています。

「人間は自己実現に向かって絶えず成長する生きものである」と仮定し、人間の欲求を5段階の階層で理論化したものである。また、これは、「マズローの欲求段階説」とも称される。

この理論自体、サンプル数が少ない!であったり、文化的背景を考慮していない!だったり様々な批判がありますが、私は「欲求の種類」をまとめたフレームとして、極めて優れたものじゃないかと思っています。

 

マズローは、人間の基本的欲求を低次から述べると、以下の通りである。

  1. 生理的欲求(Physiological needs)・・・生命維持のための食事睡眠排泄等の本能的・根源的な欲求
  2. 安全の欲求(Safety needs)・・・安全性・経済安定性・良い健康状態の維持・良い暮らし水準事故防止、保障の強固さなど、予測可能で秩序だった状態を得ようとする欲求
  3. 所属と愛の欲求(Social needs / Love and belonging)・・・自分社会に必要とされている、果たせる社会的役割があるという感覚情緒的な人間関係他者に受け入れられている、どこかに所属しているという感覚
  4. 承認(尊重)の欲求(Esteem)・・・自分が集団から価値ある存在と認められ、尊重されることを求める欲求 
  5. 自己実現の欲求(Self-actualization)・・・自分の持つ能力や可能性を最大限発揮し、具現化して自分がなりえるものにならなければならないという欲求。すべての行動の動機が、この欲求に帰結されるようになる。マズローは自己実現を達成する人間は、全人口のたかだか1%に過ぎないと考えていた。

 

えっと、自己実現って何よ?

学生の方に多いのですが、キャリアの軸を「私は○○という社会を実現したい。」みたいなところに置いている人がいます。素晴らしくて素晴らしくて、正直若干食傷気味なのですが、いわゆる「いい子ちゃんタイプの子」ですね。かくいう私もまさにそういうタイプの学生でしたし、現在進行形でもその傾向が強いです。

もちろん、そういう心の底から湧いてくる社会への想いは素晴らしいものですし、そういう想いを持った人がよりよい未来をつくっていきます。

しかし、誰もかれもが「○○という社会を実現したい。」みたいな社会貢献意識を明確に持つ、いや持っている"つもり"になっている現状は不健全です。。

この理論を提唱したマズローさんも上位の欲求まで到達できる人は極めて少ないとおっしゃっておりますし。

 

それ、自己実現欲求じゃないよ

そもそもなんですが、「最近の学生は就職活動する際に"自己実現"できるかどうか?を重視している傾向がある」などと各メディアで報道されていますが、これはマズローのいわんとしている自己実現とは全く違います。

このニュースの本質は学生の趣向の変化ではなく、昨今の日本の労働市場・企業の変化にあります。高度経済成長期を背景とした、前時代の護送船団的な終身雇用制度では、学生は"就職すること"で一定の「安全欲求」「所属と愛の欲求」「承認の欲求」を満たすことができていました。会社で働く→序列が上がる→承認される→収入が上がる→・・・いわゆる郊外へ庭付き一戸建て!ワンコもつけてワッショイ!みたいな時代です。

 

しかし、グローバル資本主義市場の台頭×国内市場の成熟化を背景として、終身雇用制度も多くの業界で崩れ去っています。こうした変化により、一個人が生き方を能動的に選択肢、キャリアを形成していく必然性が高まっています。

そこで、学生も"就職すること"だけでは、「安全欲求」「所属と愛の欲求」「承認の欲求」を満たすことができないことを思い知らされ始め、それを満たす手段を自分なりに模索するようになりました。この変化を「自己実現を重視している」などと説明するなんて、あまりにも本質を外しています。

結局、若きウェルテルの如く悩んでいる若者の「自己実現」とは、「愛されたい、守られたい、認められたい」の言い換えに過ぎません。

その手段として、「○○という社会を実現したい"私"」「○○に役立ちたい"私"」「○○を元気にしたい"私"」を創りあげているのです。

 

こういう私なら愛してくれるでしょう?

 

って。

 

欲求に向き合う

間違ってほしくないのは、「愛されたい、守られたい、認められたい」を先行させるのが間違っている訳では決してないということ。

むしろ、それが全て!万歳!な訳です。

それが本質だからこそ、マズローさんも理論なんてもんにしちゃうんです。だから、全部認めちゃえばいいんです。

やってはいけないのが、「いい子ちゃんな私」を絶対なものと決めつけて、自分の欲求を見えないふりをしていくこと。

これをやっていくと、どんどん自分の内なる声が聞こえなくなります。自分で作り上げた虚像によって、自分自身をジワジワと殺していくことになります。

 

いい子ちゃんへ

「いい子ちゃんな私」を捨て去る必要はありません。大事なのは、「いい子ちゃんな私」を作り上げている「私」は何を感じているのか?何を考えているのか?何を欲しているのか?と向き合い続けることです。

そして、いつでも柔軟に「いい子ちゃんな私」を変化させていくこと。20代そこらが自分の生きている世界の理や、自分の生きている目的が分かった気になるなよって。

 

別に自己実現目指すのが偉い人でもないし、そもそも君の言ってるの自己実現欲求じゃないよ。

 

私のように自意識こじらせないうちに、欲求と向きあおう。

 

明日への一言

世界にのまれちゃいけないよなぁって。

リアルタイムで変化していく自分を正しく知る為にも、自己哲学を探求していくことが大事。

 

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