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望みを叶える物語

◆好きを仕事に、愛する人を愛しぬく◆幸せなライフスタイルをビジネスにする「あり方・やり方」伝えます。

幼少期時代「いじめ・電気屋さんの息子」

人生を語っちゃおうシリーズ

今回は、新シリーズ第一弾。

 

普段の生活で、自分の人生について細かく誰かに話す機会って中々ないですよね?
いざ話そうとしたって何から話せばいいものやら?話すことと、話さないことを考えるのも面倒…みたいな感じで。

だから、一旦もう考えるのはよして、書き散らしちゃおうというのが、この「人生を語っちゃおう」シリーズ。

面白おかしく書こうとか、同情をひこうとか、そのような意図から可能な限り離れて、ポップに書いていけたらと思います。

これまでの人生をを振り返れば、中々情けない人生だったかもしれません。でも、過去その時、その瞬間の私は全力で生きていたとも思います。

私なりの、ありのままの全力さを受け入れてあげたい。 今は、そんな風に思っています。このシリーズから、読者の方とコミュニケーションが生まれたら嬉しいです。

 【人生語っちゃおうシリーズ全話はこちらから】 

Vo1.1 幼少期〜小学生時代「いじめ・電気屋さんの息子」

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ビッグベイビー誕生 私は1989年、長男一人っ子として父と母のもとへ生まれました。3ヶ月検診時に体重10kgほどあったようで、当時の区の記録を塗り替えるほどのビックベイビーだったとか。

両親は某大手電機メーカー勤務の社内結婚。転勤族で、私が3歳頃まで北海道に住んでいました。(記憶が曖昧)

大手企業のサラリーマンの父、専業主婦の母、その間に私…この頃の家族の様子を母に聞くと「とても幸せだった」と。

その頃の幼い記憶を辿ってみると、車の後部座席に揺られながら、窓の外に広がる大草原、そのさらに遠くに滲む夕陽…

そんな光景が浮かんでは消えていきます。

「電気屋さんの息子」になる

私が3,4歳頃の話。

母方の家業である「町の電気屋さん」を、父が引き継ぐという話になりました。

名古屋に帰還。 晴れて(?)私は、「電気屋さんの息子」になったのです。

ちなみに、この「父が母の実家の家業を継ぐ」という出来事は、私含めて家族のこの後の人生に大きな影響(影)を落とすことになります。

幼稚園〜小学校低学年までの「いじめ」

ビッグベイビーの勢いそのままに、ビッグに育ちつつあった私は、周りの友達よりも縦にも横にも大きく、その体型を理由に馬鹿にされたりすることが多々ありました。

からかわれたり、叩かれたり。

ただ、それに対して私は一切反抗せずただ泣いてばかりのようでした。 おそらくですが、一人っ子で育った分、「競うとか、比べるとか、戦うとか、奪い合う」みたいな行動のパターンに対応できなかったのではないか?と思います。

いじめは1:1の軽度な関係から、集団:1の重めの関係まで、時期によって様々でしたが、小学校低学年まではあったと思います。

「やり返してきなさい」

そんなある日、母がそう言ったように記憶しています。それからは、とにかく暴力には暴力で対抗するということを学びました。(よろしくない…) 元々、身体が大きかったこともあり、とにかく暴れれば周囲をコントロールすることができる。と幼い私は無意識的に考えたのかもしれません。

それからというもの、何か不都合があると、すぐに暴力に訴えるようになります。 当時を振り返ると、はっきりと言葉にはできていませんでしたが、自分の身を守るためには、他者をコントロールする「力」が必要だ。 そんな感覚があったように思います。

「力が必要だ」という感覚は、最近に至るまで、私自身を守ってくれました。 同時に、私の身体と心をどんどん硬くしていきました。

それも、今振り返ればわかること、当時は子供ながら必死で生きいたのです。(続く)

 

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