願いが叶う物語

純粋で、透明な、私へ還る。

高校時代(1)「家が怖い・不安・怒り・寂しさ」

(前回はこちら)

 

少し月日がたった「高校時代」

私は、中学受験をしある私立の中高一貫校へ進学していました。(男子校w)

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400人いる同級生の半分弱が医学部へ進学するという特殊な学校でしたが、異性の目がない中高生活はなんやかんやタガが外れて楽しかった思い出があります。

どの教科の成績も全て100点満点の数字で表せられ、順位表も全て公開される。その成績に従って、クラス分け。内申点という概念がない生活は、ある意味わかりやすくさっぱりしていたなぁという印象です。

部活に学園祭にそれなりに青春した感じもしますし、なんやかんや楽しかった感じです。

 

安心できない家

ただ、この頃の家庭の状況はよろしくありませんでした。"私の"記憶では、私が小学校〜高校くらいまで毎日のように父と母が罵声とモノの飛び交う喧嘩を繰り広げていました。(人間の記憶とは、あくまでイメージであり、事実そのままとは限りません。私の内側にある信念のもとになったイメージは、"毎日喧嘩していた"という話です。)

包丁が飛び出ることも、珍しくありませんでした。

両親とも相手を傷つけると同時に、自分も傷つくような救い用のない光景。

今、思い出すだけでも体温が下がるのを感じます。

私は自室にいようとも、常に緊張が解けず、鳩尾あたりにきゅっと力が入ってままでした。

聞こえないようとすればするほど、聞こえてしまう。

見ないようにすればするほど、見えてしまう。

ある意味、「戦時中の恐怖」というのはこういうものなのかもしれない...と私は感じていました。

今では、なぜあのような喧嘩が繰り広げられていたか、人間心理の探求をしている今ならよくわかります。「母の持っている母の問題」「父の持っている問題」をそれぞれお互いに投影して、自分の中の影といつまでも戦い続けていたのだろうと思います。

 

好きな親同士が、憎しみあう辛さ。

 

子供にとって、これ以上の辛さ・恐怖はありません。

 

そして、子供は無意識的に家庭内の不和を「自らの責任」であると感じます。(だからこそ、親の問題の背景をリアルタイムで明確に子供に説明しなければなりません)

 

「自分が何か悪いんじゃないか?」

「自分がもっといい子であったら?」

 

そんあ不合理な信念が、子供には形成されていきます。

 

自尊感情・自己肯定感を育む機会を逸してしまいます。

 

なぜ、人はこんなにも憎しみ合うのか?

なぜ、自分はこんなに苦しまなければならないのか?

こんな人間の仕組みはどうなっているんだろうか?

 

この頃感じた痛みが、私の生きるテーマになっていることは間違いありません。

 

<参考:アダルトチルドレン>

 

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