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望みを叶える物語

◆人生の主人公として、感動をうみだす◆幸せなライフスタイルをビジネスにする生き方を伝えます。

高校時代(2) 「精神的ひきこもり・心理学・哲学への歩み」

(前回はこちら)

 

精神的ひきこもり

家庭内戦争が繰り広げられている中で、私の中には色々な感情がうごめいていました。

 

好きな親同士が憎しみ合う「辛さ・悲しさ」

何もできない自分の「無力感・自己不能感」

自分の辛さを理解してくれない両親への「怒り・憎しみ」

全てをメチャクチャにしたい「破壊衝動」

 

今振り返れば、一つ一つを丁寧に言葉にすることはできます。しかし、当時の私は、自分の中から湧き出る感情を受け止め切ることはできませんでした。

それを受け止めようと思えば、痛みに耐えきれなくなる。自分を傷つけたくなったり、または両親を傷つけたくなってしまう。

 

私は、その感情から「逃避」するという選択をとりました。

それは意識的ではなく、無意識的な選択です。

 

人間の無意識(潜在意識)は、自動的に自分の身を守るように、感情や記憶の抑圧・書き換えを行う機能をもっています。

 

私の潜在意識も見事に役割を果たしてくれたという訳ですが、その代償としてやってきたのが「虚無感」「ダルさ」「軽度の離人感(自分のことを自分の後ろから眺めているような感覚)」です。

 

辛さもそこまで感じないけれど、それと同時に楽しさ・喜びも感じなくなる世界が確かにあります。

 

学校も半分いったり、半分いかなかったりする日が続いたり...別にそのことに危機感とかもなく、全てについて「めんどくさいな〜どうでもいいな〜」という感覚。

 

とはいえ、同級生は着々と将来の展望を描き・大学の志望校を決めたりしているのを見ると、自分も「何かしなければ」と焦る。

 

「自分の感じていること・自分の考えていることがわからない」

 

思春期の子供には、誰しもあるものだと思いますが、五里霧中な毎日を送っていました。

 

心理学・哲学への歩み

とにかく、この頃の私は「自分の感じている虚無感・離人感・たまに来る苦しさの正体を突き止めよう」と行動しはじめました。

自分でもなんとなく「このままでは生きていけない」みたいな気持ちがあったのかもしれません。「どうでもいいや」と思いつつ、「幸せに生きたい」とも願う。

毎日が静かな葛藤の連続でした。

ヒントになりそうな情報を求めました。

図書館へ行き、全ての棚に目を走らせる。

 

何かヒントはないか?ないか?

 

そこで、ピンときたのが「心理学」「哲学」の棚。

 

特に印象に残ってるのは、高2の夏休み。

申し込んだ夏期講習をサボり、フロイトの「精神分析入門」ニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」図書館で貪るように読んだことを覚えています。

 

そこには、よくわからないけれど、とにかくこっちの方向にいけば、何かあるんじゃないか?と思わせてくれる何かがありました。

 

まだまだ、自分の知らないことがある。自分のことすら何もわかっていない。でも、いつかは、もっともっと生きれば、よりよくなるんじゃないか?

 

私の人生に微かに差し込んだ希望でした。

現在も未来も見えず、訳も分からず焦って、自己否定に陥っていた日々。

 

今ではとても愛おしく思えます。遠回りしたけれど、確かに足掻いていた経験は無駄にはならなかった。この頃の自分を救うことはできなかったかもしれないけれど、今の自分を確かに救ってくれている。

 

 

「人の仕組みを探求したい。」

「人が幸せに生きる方法を探求したい。」

 

私の人生をかけた探求はこの頃から始まりました。

 

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