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望みを叶える物語

◆好きを仕事に、愛する人を愛しぬく◆幸せなライフスタイルをビジネスにする「あり方・やり方」伝えます。

人とつながるということ(前編)〜『つながる』(代々木忠)

こんにちは。マインドフルネスファシリテーターの笠松拓哉です。

 

「人生語っちゃおうシリーズ」をさくっと書き上げてから、他の記事にとりかかろうと思ったのですが、すごい本に出会ったので、熱狂冷め止まないうちにシェアします。

 

『つながる〜セックスが愛に変わるために』 

 

 

 つながる: セックスが愛に変わるために (新潮文庫)

 

扇情的な表紙に、セックスの文字。

一見、ありがちなセックス指南本のようですが、実はこの本...

 

「人として幸せに生きる」

 

ことについて語られています。

 

というか、読み込めば読み込むほど、そうとしか思えなくなってきます。

 

ノウハウ本ではない

じゃ、自己啓発本の類なのか?というとそれも断じて違う。結局、この本に書かれているのは「問い」であり、あとは自分で試行錯誤して「体感しなはれ」というスタンス。

 

知識や情報で人は変わらない。体感をもって、腑に落ちる時にはじめて、この本で言わんとしてることの輪郭がつかめます。

 

特に気になったところを抜粋しながら紹介します。

 

あ、その前に最低限の前知識を。

著者は「代々木忠」

代々木 忠(よよぎ ただし、1938年3月18日 - )は、福岡県小倉市北方仲町(現・北九州市小倉南区)出身のAV監督映画監督映画プロデューサーである。アテナ映像社長・アクトレス代表。本名は渡邊 輝男(わたなべ てるお)、愛称はヨヨチュウ

AV監督です

 

そして、私が佐々木監督の存在を知ったきっかけが、元カリスマナンパ師でカウンセラーの高石さんのブログ。高石さんについては、下記記事参照。

 

blog.nekopenguin.com

 私は高石さんの講座・ワークショップに参加するたび、その感性の捉えている繊細さに、いつも驚きます。そして、もっともっと自分を繊細に捉えたいという衝動にかられます。

 

そんな高石さんのブログの中で、佐々木監督は圧倒的な敬意をもって紹介されていました。

具体的に何がすごいのか?はよくわからないままですが、「人を見る」ことがすごいと。

そして、その凄さに片鱗に触れたいと思い、手に取ったのがこの本。(ちなみに高石さんが巻末の解説を書いています。)

 

目の前の相手を見る

「それが重要なんだよ。妄想からは覚めなくちゃダメなんだ。今この瞬間、目の前にいる相手の目を見て、ちゃんと感情を出してつながらないと...。目をつぶっていたら、自分の世界に入って妄想が始まる。そしたら、目の前の彼じゃなくて、例えば元彼のことを想像しながらでも、できてしまうでしょ?」

監督がキャストへ声をかけるシーン。

これは、普段のコミュニケーションではあてはまるのでは?

 

オーガズムとは

笑いは自分の気持ちや緊張を誤魔化すために浮かべることがあるけれど、涙はストレートな感情の発露であることが多い。・・・セックスで相手とつながる幸福感は、号泣してしまうくらい心が揺さぶられる体験なのだ。オーガズムとは、快感の延長線上に存在するのではなく、感動のその先にあるものかもしれない。

自分を変える

新たな価値観を受け入れて自分を変えるということは、今まで自分が信じ頼ってきた知識や情報を否定することにもなる。

自分とつながる

広志(素人で参加した男優・肝心な時にうまくいかなかった)は人とつながる前に、まず自分の体とつながらなくてはならないだろう。自分のうちなる子供の声に耳を傾けて、本能を育てるのだ。広志のように本能を抑え込み、自分が本当にしたいことを我慢している人は、きっと大いに違いない。それが続くと、いつか本能が拗ねてしまう。そうなれば、セックスの場面で「勃て!」と命令しても、もう本能は言うことを聞いてくれない。今、EDに悩む男性が増えている一因もここにある。

 まず、十代の男子(いや、女子)も必読かと思う。

自分のうちなる子供が拗ねていないか?

私が言う「中真」は、監督のいう「本能」のことです。

甘えるという行為

「・・・つまり、甘えるって行為は言うなれば、一方通行の依存じゃない。甘えられた相手は、それによって必ず何かをもらっている。言うなれば、うれしさを共有できる関係性なんだ。」

 甘えることも愛なんだと思う。

モテる男、女に甘え上手が多いのもこういうことかなと。

 

永遠の成立する時

あなたが好きだと思った、だから告白をした。その瞬間瞬間こそが恋愛なのだ。例えば、昨日のことや明日のことは考えることはできる。だが、愛とは「考える」ものではなく「感じる」ものなのだ。「思考」は過去にも未来にも行けるが。「感情」は今この瞬間にしか存在できない。そして刻々と形を変えていく。

だから、先々のことを考えて不安になり、相手を手放すまいとすることは、恋愛ではなく執着なのだ。しかし、相手と向き合うその瞬間に愛を感じていれば、結果として別れはやってこないだろう。

もしこの世に永遠というものがあるとすれば、その瞬間の積み重ね以外にはないのである。

 執着が悪いわけではない。誰しも執着は持っている。ただ、せっかくの素晴らしい愛を邪魔しないために、執着に気づきつづけること。

 

常に「いまここ」へ意識を向ける「マインドフルネス」

 

それが愛の鍵でもある。

 

僕たちは許すことでしか未来へいけない

「・・・人間は清く正しくばかりは生きられない。ときにはとんでもない過ちも犯すだろう。正しい部分と正しくない部分、両方あわせ持ったのが人間なのだと私は思う。

しかも「正しい」「正しくない」は「思考」の世界の話である。「本能」の世界に正邪はない。」

 

自己否定している人が、自分の嫌いなところを無理に好きになろうとしても、それは難しいだろう。だが、嫌いなところも含めて自分であるし、自分を否定しているのもまた自分である。そんな自分を「許す」ことこそが大切なのだと私は思う。許せる心が、他人とつながる鍵にもなる。 

 

・・・もう、いうことはない!

 

感情は体に残る

「恐怖」「怒り」「悲しみ」「憎しみ」といった強い感情を抑圧していると、体の中にシコリのような「感情のブロック」を作ってしまうのではないだろう。しかも、それは記憶が風化したあとも延々と残り続ける。

心を凍らせるような不幸な出来事があったとき、そこで生まれる「恐怖」「怒り」「憎しみ」「悲しみ」といった感情を表に出してしまえば残らないものの、抑圧すれば「感情のブロック」となり、トラウマを自分の中に閉じ込めてしまう。

 全ての経験は体に刻みこまれている。

ゆっくり緩めて、自分を許していこう。

 

 

少し長くなったので、続きは後編へ。

 

blog.nekopenguin.com

 

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