望みを叶える物語

◆人生の主人公として、感動をうみだす◆幸せなライフスタイルをビジネスにする生き方を伝えます。

大学時代(3)「学生起業、そして失敗...」

(前回はこちら)

学生起業へ

無我夢中で駆け抜けた大学時代。フリーペーパーの発行や、イベント企画、営業のアルバイトなどの活動を通じて、いつからか「自分は普通に会社員になったらダメだ。経営者にならないと。」という気持ちを強くしていました。

 これもまた、強迫観念に近いようなところまで膨れ上がっていました。

今振り返れば、この考えのもとには、様々な感情や信念があったように思います。

 

・家族から離れ、誰にも依存することなく、圧倒的な力を手に入れたい(不安・恐怖)

・何か社会的に価値を生み出し認めなければ、自分は価値がない存在だ(自己不信)

・普通の人であったら、自分として生きている価値がない(焦燥感)

・はたらく場所・時間・人を自分の自由に選べたらいいな(憧れ)

 

どんな考えであろうとも、その根っこにはあらゆる感情や信念が複雑に絡み合っています。すぐに言葉にできないものを"なかったことにしたり、切り捨てたり"することは。自分を見失うことにつながります。

例え、他人に対しては曖昧さを切り捨てて明確伝えるとしても、自分にだけは嘘をつかず「曖昧さ」「迷い」「ゆらぎ」などのグレーゾーンを持ち続けること。

ここは自分が最も望む人生を送るための重要なポイントです。

 

さて、根っこの感情や信念はグッチャグチャでしたが、「経営者になりたい」というモチベーションは日に日に強くなっていました。

 

アプリ開発・Webサイト製作で起業

そして、大学3年生の時、私はある友人と起業・株式会社を設立しました。

スマートフォン市場が急拡大している中で、ある写真共有SNSのアイディアをもとに事業を立ち上げようとしました。(今では写真共有SNSのスタンダードになっているインスタグラムがリリースされる数ヶ月前のことです。)

私が代表で、友人が役員の2名の会社。他に、友人を慕って手伝ってくれるメンバーが数人。

その友人は、ITエンジニアとしてのスキルが抜群、かつプレーヤーとしてだけでなく、人を率いる力も持っている、超優秀な人間でした。

私は、とうとう経営者として生きていける!と意気揚々と未来を描いていました。

 

何もできない無力さ...

ただ、アプリ開発では、事業として売上・利益を出すまでに時間がかかる。では、会社として運営していくために、まず「Webサイト製作」の受託も並行してすすめようとしました。

私は、アプリの開発もWebの製作もできない。

つまり、

「受託の仕事をどれだけとってくるか?」

私が全うすべき役割でした。

 

しかし、私は全く役割を果たすことができませんでした。それまでの学生としての成功体験でプライドばかり大きくなり、一方でビジネスマンとしての実力がともなっていませんでした。名古屋から東京へ移動し、活動しても全く自分は役に立たない。

この頃の自分は、今振り返れば「臆病な自尊心と、尊大な羞恥心」(山月記)の塊でした。

 

何もできない...

何もできない...

何もできない...

自分はなんてダメな人間なんだろう...

 

その気持ちが限界に達した頃、私は逃げるように会社を辞める選択をしました。迷惑をかけるほどの顧客もいるわけではなく、特に大きなトラブルもなく進みました。

ただ、それまで協力してもらった方や、一緒に開発に取り組んでくれてメンバー、そして何より、会社を一緒に立ちあげた友人に申し訳がなく、情けなく。

 

生きているだけで息苦しく、消えてしまいたいような、どうしようもない気持ちでした。

友人は東京に残り、私は名古屋へ。

何かにチャレンジすることが怖くなり、とにかく知っている人に会いたくない...

今振り返れば、しっかり反省し、もし迷惑をかけた人がいたんだったら、面と向かって謝り、また前を向けばいい話なのですが...

当時の私は、うちへうちへ篭っていくのでした。

 

 次回は大学時代の総括編。

 

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