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望みを叶える物語

◆人生の主人公として、感動をうみだす◆幸せなライフスタイルをビジネスにする生き方を伝えます。

全開で生きよう。

「自分の責任で失敗させてくれよ」

 

 

それは、息苦しい現実から絞り出された

 

僕の本音であり

 

僕の“自分を生きる”人生の【産声】だった

 

….

 

僕らが

 

本当の本当に求めているのは

  

幸せでもなくて

 

成功でもなくて

 

 

「わたしは、全力で生きている。」 

 

 

この実感と自負なんだと思う。

 

「幸せ」や「成功」なんて

 

ここだけ追い求めていたら

 

勝手についてきちゃった!なんてもんだ

 

——

そう。

 

僕は、ずっと「生きる実感」を求めていた。

  

過去の僕は、勝手に

  

自分で人生のレールを敷いて

 

自分に我慢を強いたくせに

 

それすら、見ないふりをして

 

「誰かがこう言ったから」

 

「社会はこういうもんだから」

 

そんな言い訳をして

 

恥をかかないように

 

内心ビクビクしながら

 

頑張って平気なふりを取り繕いながら

 

なんとか1日1日やりすごしていた。

 

でもね、

 

「うまくやろう。失敗しないようにしよう」

 

それを積み重ねれば、積み重ねるほど

 

自分の「生」はどんどん色褪せていく

 

どんどん重みを失って

 

どんどん薄っぺらくなって

 

いつしか、自分が誰かすらわからなくなってしまう。

 

「不幸じゃないのに、生きていたくない」

 

僕は、そんなところまで、自分を追い詰めて

 

「こんな人生まっぴらだ。俺はこんなもんじゃない」

 

やっと、そう気づいたんだ。

 

とことん鈍感だったw

——

 

「わたしは、全力で生きている。」

 

それは、「うまくやろう」とか「失敗しないように」とか

 

そんな打算とは、真逆のところにある

 

家族がどうとか

  

お金がどうとか

 

社会がどうとか

 

そんなもん、はぎとって

 

「たとえ、先が見えなくとも

 

それでも

 

わたしは、わたしの心の叫びに

 

したがって生きていく」

 

この【宣言】の中に、全力の「生」はある。

 

自分の心の叫びにしたがって

 

新たなステージに進むなら

  

「不安」だってあるだろう

 

目の前に「壁」があるように見えることがあるだろう 

 

勝手にひとりぼっちになった気もするだろう 

 

それもね

 

わかっているはずだ

 

それが、進まない理由にはならんのよ

 

たとえ

 

うまくいかなかろうが

 

いつも僕らの次のステージは

 

待ってくれている

 

だったらね

 

何度も何度でも

 

ステージに上がればいい

 

「わたしは、わたしの心の叫びに

 

したがって生きていく」

 

この【宣言】だけひっさげて

 

丸裸であがけばいい

 

その、あなたの姿こそ

 

全力の「生」であり

 

その瞬間

  

間違いなく

 

命は輝いているから

 

いまこそ 

 

自分で自分を導けよ

 

◆全開で生きよう。

 

僕らなら、大丈夫。

 

大丈夫。