願いが叶う物語

"本当の自分"を表現したい貴方へ。自由な生き方&ビジネス教えます。

「また、来世でわかりあおう」  

怒りでキレ倒した、5月だった。

 


 
父親にキレ倒し
 
今のお客さんにキレ倒し
 
過去のお客さんにキレ倒し
 
秘書枠で応募してきた不義理な人にキレ倒し
 
ホテルのフロントにキレ倒し
 
・・・
 
何よりも自分自身にキレ倒した
 
そんな5月だった。
 
・・・
ここだけ切り取るとヤバイ人だなww
 
まぁ、とことん己の未熟さを思い知ったのです。。
 
今回
 
無理矢理と言っていいほどに
 
解放された、その「怒り」は
 
「もっと自分を大切に。命を信頼しろよ。もっと進めよ。」
 
そんなメッセージを送ってくれた。
 
とはいえ、身が捩れるような

燃やし尽くされるような「怒り」を纏うことは
 
それは、やっぱり、しんどい...
 
誰かへの怒り
 
その中には
 
わかりあえない「切なさ」や
 
人生が交わらない「悲しみ」がある。
 
本当は、もっともっと深く繋がりたかったのに
 
それが、今は叶わない….
  
そんな「諦め」がある
  
——
 
今回、はじめて継続コースのお客さんの
 
途中離脱が決まった。
 
これまで、事業を始めてから

3ヶ月以上の長期継続コースだけでも
 
百人近く関わって来た中で
 
途中で離脱する人は初めてだった。
 
何度も、何度も
 
「もう無理ではないか?」というサインはあったけれど
 
それでも、共に歩みたい
 
その人の中にある「光」を見出したい
 
そうやって、ギリギリの線を探りながら
 
やってきたつもりだったけれど
 
気づいたら

とうに無理をしすぎていたのかもしれない
 
とうとう、僕自身の堪える限界を通り越し
 
その人に向けて

ブチまけられようとした想いの中に
 
「いいから、この世界から消えてくれ」
 
そのくらいの怒りが
  
あることに気づいた。
  
そして、その
 
湧き上がる想いを裁かずに
 
メッセージに込めて送った時
 
「いやいや、自分これまで我慢しすぎだろ!」
 
そうやって、自分にツッコミをいれたくなったww
 
それと同時に
 
「本当に共に歩みたかったんだね」
 
そう、自分に言ってあげたくなって
 
そう言葉をかけたあげた時
 
また一つ、
  
「怒り」が自分の身体と
 
一体になっていくことを感じたんだ
 
——
 
わかりあいたい。
 
その願いの裏側には
 
必ず「わかりえあない」という【現実】も
 
セットでくっついてくる
 
僕は、この5月の一連の
 
キレ倒し騒動で
 
自分の強い願いに気がついた
 
  
「出会った人みんなと、わかりあいたい。つながりたい。」
 
 
そうしたいんだ。
 
でも、その願いが強すぎて
 
「わかりあえない。つながれない。」
 
いつしか、その現実がくることを
  
恐れてしまっていたのかもしれない
 
それが、無意識に自分にブレーキをかけていたのかもしれない
 
「これ以上突き詰めたら、もう二度と関われなくなってしまう」
 
振り返れば、確かに、そんな不安はあった。
 
でもね
 
これからは
 
改めて、もっと大きな視点で見ようと思う。
 
「出会った人みんなと、わかりあいたい。つながりたい。」
 
その願いは、やっぱり大事。
 
ただ、【いま】かどうかはわからない
 
【いま】は、全く交わらないくても
 
もしかしたら5年後には,,,,
 
もしかしたら10年後には….
 
もしかしたら30年後には…
 
もしかしたら50年後には…
 
もっといえば
 
今世では無理だけど・・・
 
「来世」には、きっと
 
わかりあい、つながりあい
  
共に歩めるようになるかもしれない
 
だからこそ
 
【いま】か、どうかを
 
コントロールせず
 
そこは
  
自然の流れに任せてみようと思う 
 
全ての人は【愛】に還っていくのだと
 
全ての関係性は【愛】に還っていくのだと
 
それだけを信じて。
 
——
 
5月キレ倒した人たちとは
 
結局、一番お互いがお互いを
  
心地よく生きれる「関係性」に
 
落ち着いた
 
もっと深く関わる関係性になった人
 
少し遠いところから見守り合う関係性になった人
 
まぁ、今世会えなくなったかもなwという関係性になった人
 
・・・
 
人間関係は距離感だ
 
今回
 
キレ倒してみて収まった関係性こそ
  
最善のカタチだと
 
今なら断言できる 
 
やっぱりね

僕らは、自分の魂にそって生きていくしかない
 
自分を何よりも幸せにしていくしかない
 
あらゆる他の何かよりも優先して
  
自分の望みを叶えていくしかない
 
そんな初心に
 
また深く還ってきた
 
——

もう、この生き方しかできないからさ

せっかくなら

清々しく、生きたいね!
 
◆「また、来世でわかりあおう」
 
僕らなら、大丈夫。
 
大丈夫。