望みを叶える物語

◆人生の主人公として、感動をうみだす◆幸せなライフスタイルをビジネスにする生き方を伝えます。

「罪悪感」という【傲慢さ】

僕らが、【罪】という幻想に囚われ
 
自分を責めてしまう時
 
その裏には
 
「自分は、何でもできる。
 
本当はやりたくないことでも。」
 
そんな、思い上がった【傲慢さ】が隠れている

 


 
そう。
 
僕らは、他人の命・責任の領域まで
 
踏み込んでいる時に
 
【罪悪感】を感じるんだ
 
——
 
「僕のせいで
 
お母さんも、お父さんも 
 
幸せに生きられない…」
 
昔の僕は、そんな想いに、いつも苛まれていた
(まぁ、これもメンヘラw)
 
「僕が生きていることで
 
大切な人の
 
大切な何かを損なってしまったのでは?」
 
そんな、漠然とした【罪悪感】
 
「だったら、そのぶん何か
 
贖いをしなければ
 
許されるために」
 
そんな、切実な【義務感】
 
それを、心の深いところで抱えていた
 
いま、思えば
 
「自分次第で、誰かの人生を変えられる
 
幸せにしてあげられる
 
やろうと思えば。
 
僕ならできるはずだ
 
やらなきゃいけない」
 
そんな【万能感】と【義務感】があった
 
それが、とんだ思い上がりだったとしても
  
当時は気づけなかったんだ
 
そして
 
僕は
 
「自分は、何でもできる。
 
それが、本当はやりたくないことでも。」
 
と信じて
   
大切な人を幸せにするために
 
ひたすら頑張った。
 
人を幸せにすれば、自分が許される。
 
我慢と根性で生きることで、【免罪符】を求めていた。
  
そして、その果てに待っていたのは・・・
 
おもしろいくらい、真逆の現実だった。
 
何一つ、僕が望んでいなかった世界だった。
 
「誰も幸せにできなかった【絶望】と
 
自分を痛めつけてきた【後悔】と
 
こんな世界おかしいだろ!という【憎悪】」
 
だった
 
当時、勤めていた会社では
 
自分が会社も部下も救ってやろうと
 
ガムシャラに働けば働くほどに
 
次々と、部下がやめていった
 
そうしてる間に
    
予期せぬ事件で
  
心の支えであった祖母が死んだ
 
大切にしたかった
 
父母とも関係が断絶し
 
救ってあげたかった 
 
当時の彼女とは
 
婚約解消まで追い込まれ・・・
 
まぁ、いろいろあった訳だww
 
振り返れば
 
大切にしたかった人ほど
 
次々と失っていった
 
言い知れぬ
 
【孤独】が募っていった
 
そう。
 
そこまで悪化した現実が、全てを教えてくれた。
 
僕に問うてきた
 
「これが、お前が求めていた現実か?
 
どこまで、思い上がっていた?
 
お前は、見たくなかっただけだろう?
   
気づきたくなかったんだろう?
 
本当は
 
【何もできない自分】
 
本当は
 
【誰かのために生きたくない自分】
 
本当は
 
【ただ自由に生きたい自分】
 
どこまで、思い上がっていた?
 
やりたくないことをやって
 
それでも、できると思っていたのか?
 
自分に嘘をつきながら
 
世界をごまかせると思っていたのか?
 
世界に媚びていただけだろう?
 
いい加減、認めろよ。」
 
もう、降参するしかなかったのだ。
 
これが2年前。
 
——
 
今、僕はコンサルタントとして
 
人の人生・命に深く関わっている
 
ビジネスの領域から踏み込んで
 
【生き方】そのものにアプローチしている
 
事業をはじめて
 
向き合ってきたお客さんは数百人
 
その人たちと、心を重ねていけばいくほどに
 
気づいたことがある。
 
僕が 
 
「お客さんを幸せにしよう」
 
「お客さんの成果を出してあげよう」
 
そう意識している時ほどに
 
【お客さんの状態は停滞し・成果が出ない】
 
一方で
 
僕が
 
「絶対に、自分を幸せにしよう。」
 
「お客さんには、自分で幸せになってもらおう。」
 
その意識で、心を開いて対話している時ほど
 
お客さんの状態はどんどん良くなり・成果も軽やかに出ていく
 
こんな経験を繰り返し繰り返し、積むほどに
 
僕は、思い知らされた。

「僕は、誰かを幸せにすることはできない。
 
コントロールすることはできない。
 
僕にできるのは、僕が幸せであること。
 
その幸せの中から、命をかけて
 
目の前の人の【幸せを祈ること】だけだ。」
 
僕にとって
 
事業の本質は
 
【幸せを祈ること】
  
コンサルでも
  
自分が、心から満たされて
 
純粋に目の前の人の
 
【幸せを祈ること】ができている時に
 
奇跡が当たり前のように起こっていく
 
事業者として
 
常に責任を持つべきは
 
「自分の幸せ」
 
その一点だ。
 
——
 
「本当は
  
どれだけ望んだって
 
僕らは、誰かを幸せにすることなんてできない」
 
この【真実】を直視することが
 
自分を【罪悪感】という幻想から
 
目覚めさせるマスターキー
 
僕らは
 
どれだけエゴが望んだって
 
「自分を幸せにすることしかできない」
 
「やりたいことしかできない」
 
そんな自分を受け入れて
 
まずは
 
「やりたくないことを、やりたくない」と
 
勇気を持って言うことだ
 
「できないから、やってほしい。」と
 
潔く、誰かに頼ることだ
 
「とても辛くって、今は隣にいてほしい」と
 
丸裸で、甘えることだ
 
そうやって
 
一番見たくなかった自分を、愛してあげた時
 
あなたは、世界と調和していく
 
「あなたは、あなたのまま生きればいい」
 
そう世界が教えてくれる
 
「わたしは、わたしで生きればいい」
 
安らぎの中、その確信が訪れる
 
だからこそ
 
どんな時だって
 
【無力な自分】ほど
  
自分で抱きしめてあげればいい

大切な人の

幸せを祈ることができる

そんな

自分になるために
 
◆「罪悪感」という【傲慢さ】
 
僕らなら、大丈夫。
 
大丈夫。