願いが叶う物語

純粋で、透明な、私へ還る。

もう、怖がらなくていいんだよ

もう、怖がらなくていいんだよ
 
本当はね
  
誰も、あなたを裁いちゃいない
 
誰も、あなたを責めちゃいない

 


 
本当はね
 
もっと、くつろぎたいでしょう?
 
もっと、安心したいでしょう?
 
だったら、何よりも
 
まずは
 
【あなたが、あなたを裁いていること】
 
【あなたが、あなたを責めていること】
 
それを、真正面から受け止めてあげることだよ
 
——
僕だって
  
いまだにね
 
周りの人をキョロキョロ見回して
  
内心オドオドしてしまう時がある
 
「自分は無用な人間だと思われていないか?」
 
「自分は誰にも必要とされていないんじゃないか?」
 
「本当は、馬鹿にされているんじゃないか?」
 
まぁ、外からはわからないかもしれないけれど
 
いまだに、僕も
 
そんな疑心暗鬼の一人コントやってたりするのです
 
正直、ちょっと前までは
 
そんなコントをやってる自分を、とことん殺しにかかろうとしてたんだけどw
 
でもね、やっぱり
 
いつからか
 
無理やりどうこうするもんでもないよな〜って諦めたw
 
だって、どんな【恐れ】も【不安】も
 
【死】がある以上、どこまでいっても0にはならないと思ってる
 
その不条理と戦って
 
【恐れ】や【不安】を消そうとすればするほどに
  
どんどん呑まれてしまってく 
 
もう、こりゃ無理ゲーですねってw
 
そう観念したのなら
 
まずは、その【恐れ】も【不安】も
 
自分で受け止めてあげることだよ
 
そして
 
ここからが大事なんだけど
 
その【恐れ】も【不安】も
 
「全部、【自分の心】が創り出している」
 
ここから、改めて世界をみていくことよ
 
——
 
まぁ、とってもシンプルな話をすれば
 
誰かが
  
「曖昧な笑み」を浮かべたのを見て
 
「嘲笑された!(馬鹿にされた!)」
 
ととるか
 
「微笑んでくれた!(優しくされた!)」
 
ととるか
 
そんなの、その時の
  
自分の【心の状態】次第なんだから
 
自分の世界の出来事は
  
自分の心を写し出している【映画】のようなもんだ
 
ただ投影されているスクリーンを破ったり
  
その【映画】の中の
 
登場人物を無理やり変えようとしたりしても
 
もともとのフィルム(心の状態)の方を
 
チェックしてみなきゃ
  
場面は変わっても、延々と【同じテーマ】が上映されていく
 
同じような出来事が、何度も何度も繰り返される
 
——
そりゃ
 
しんどい時もあるもんさ
 
僕らは、人と関わっていく中で
 
時に「悲しみ」「怒り」「切なさ」「情けなさ」
 
そんな痛みの感情を味わうこともあるだろう
 
その全部
 
あなたの大切な感情なんだから
 
まずは、抱きしめてあげればいい
 
そして、お茶でものんで
  
一息ついて
 
自分に問うてあげてほしい
 
「この出来事を通じて
 
私は【どんな自分】を、許してあげたいのだろう?」
 
「この出来事を通じて
 
私は、何を学んでいくのだろう?」
 
この世界は、いつだって
 
僕らにとって「優しい」んだよ
 
過去も、現在も、未来も
  
僕らが
 
もっと安らいでいくために
 
もっと喜びを感じるために
  
もっと自由になるために
 
すべての出来事は起こってる
 
粋なはからいで、最善のメッセージをくれている
 
そのメッセージは
 
自分がいま、感じている
 
「悲しみ」「怒り」「切なさ」「情けなさ」
 
そのネガティブな感情を抱きしめた先に
 
間違いなく眠ってるのだから
 
そして
 
その、優しい真実を受け取れた時
 
僕らの心に、無常の【感謝】が沸き起こってくるから
 
僕も、大切なものを沢山うしなった

打ちのめされた絶望の淵から
  
何度も、何度も、何度も
 
この【感謝】を受け取ってきている
 
そうやって
 
「私は、私を生きていてよかった」
 
「私は、あなたと出会えてよかった」

みんなで、こう言い合えたら

最高だと僕は思うんだ。
 
そう。
 
いつだって
  
【幸せ】は【感謝】とともに、ここにある
 
もう、怖がらなくていいんだよ
 
本当はね
  
誰も、あなたを裁いていない
 
誰も、あなたを責めちゃいない
 
誰よりも
 
あなた自身がね
  
一番弱く・未熟な自分を
 
許してやればいい
 
この世界からのメッセージを受け取って
  
【感謝】に還るところまで。
  
いつだって
 
僕らなら、大丈夫。
 
大丈夫。