魂の願いが叶う物語

本当の自分に還り、自由に輝く人生へ。魂を喜ばせよう!

我慢が”ひねくれた甘え”をうみ、人間関係をこじらせる

パートナーや、それくらい近しい人間関係がこじれる時は
 
だいたい
 
「自分を自由に甘やかすことを、禁止している」時だ
 
その仕組みと、ワンポイントアドバイスをどうぞ。

 


 
——
本当は
 
もっと休みたいのに、もっと遊びたいのに、もっと思いのままでいたいのに
 
「それは、ちょっとダメなんじゃないか?甘えなんじゃないか?」
 
そう自分にむちうっていると、無意識の【我慢】がたまっていく
 
その【我慢】の量に応じてね、僕らのココロの中には
 
こんな想いが生まれてくる
 
「我慢したんだから、見返りよこしなさいよ」
 
この”がめつさ”が、”ひねくれた甘え"となって
 
パートナーに向きはじめると
 
「もっと、わたしをほめなさいよ」
 
「なんで、思った通りしてくれないの?」
 
「もっと、わたしをわかりなさいよ」
 
そんな”傲慢さ”に変化していく
 
でも、これも全部「無意識」だから、自分では中々気づけない
 
事実、【みえている世界】では
 
以前よりも
  
パートナーがいらつかせることをしたり 
 
気遣いをしてくれなかったり
 
ないがしろにするような態度をとったり
 
事実、そんな風に【あなたには見えているから】
 
そう。
 
自分の無意識の【我慢のフィルター】で世界を見ていると
 
どうしても、それが真実のように見えてしまう。
 
そして、その世界にどっぷりつかって
 
むくむく怒りを湧き上がらせながら
 
「もっと、わたしをほめなさいよ」
 
「なんで、思った通りしてくれないの?」
 
「もっと、わたしをわかりなさいよ」
 
このひねくれた”甘え”を、相手にぶつけていくと
 
だいたい、人間関係がこじれはじめる
 
まあ、相手からしたら
 
「なんだよ。急に、何なんくせつけてんだよ。
 
俺が何したっていうよ。
 
というか、俺だって、こんなにしてるじゃないか?
 
それ、わかってくれてんの?
 
ムキー!
 
お前がわるい!!」
 
みたいになっていく
 
こっからは
 
「あんたがわかってない!」
 
「お前がわかってない!」
 
「もう、あんたとはやってられない!」
 
「上等だ!」

こっからは泥試合ww

ちなみに、上の男女関係は、逆の場合も、もちろんある。
 
笠松家は、だいたい僕が、ひねくれはじめるパターンw
(僕が仕事で無理をしている時に、このパターンで喧嘩が勃発する)
 
——
 
結局は
 
自分が「大切にされていない」と感じる時はね
 
自分が自分に、勝手に【我慢】を強いている時なんだよ
 
だから
 
「大切にされていない」と感じる時は
 
相手に怒りを爆発させる前に(まぁ・・・とまらんかったら、後でもいいやw) 
 
「自分は自分にどんな”甘え”を禁止しているんだろう?」

そう自分に問うといいよ。
 
自分がザワザワするような
 
罪悪感を感じてしまう
 
“甘えた”本音が、必ず眠っているから
 
その本音に気づいて、許すことができた時
 
目の前の不都合な現実は
  
勝手に変化していくから(そう見えるから)
 
そう。
 
自分を赦すために
 
もっと純粋な魂の願いに気づくために
 
あなたにとって不都合な出来事は起こっているんだ
 
——
 
「自分を満たす」っていうと
 
けっこうみんな「うん!そうだよね!」って納得して
 
意識できていると思うんだけど
 
本当は、この言葉では、満たしきれないほど
  
僕らの魂は強欲なんだ
 
「いや…それは、甘えすぎでしょ…」くらいなところに
 
強欲な自分の本音がある。それを認めてね。
 
人間関係がこじれているように感じる時ほどね
 
「自分を自由に甘やかす」
 
ここを大切にしてみてね。
 
◆我慢が”ひねくれた甘え”をうみ、人間関係をこじらせる
 
僕らなら、大丈夫。
 
大丈夫。

P.S 
ちなみに、人間関係がこじれる原因は、どちらか一方だけの問題ではなくて
 
「必ず、互いに共同で創ってる」
 
だから
 
相手が、こじらせているように見えた時は
 
それが、”自分の状態でもある”という視点で、ふりかえると
 
自分がより楽になるための、気づきも見えてくるからオススメ。
 
【自分のために】振り返ってみてね。